ykondo813’s diary(旧パワエレ・EMC日記)

高周波、電磁気学、電気回路について勉強したことをまとめたものです

LC共振と特性インピーダンス

 「特性インピーダンス」という単語は色々な意味で使われる。伝送線路の世界では,波として伝わる電圧,電流の比として定義され,電磁波の世界では電界Eと磁界Hの比として定義される。一方,ソフトスイッチングの分野では,回路中のLC共振を活用しており,ここでも特性インピーダンスという単語が出てくる。また,スイッチング素子に並列で接続するCRスナバ回路の定数決定の際にも,特性インピーダンスという単語が出てくる。高周波の分野ではなく、LC共振などで使われる集中定数回路理論における特性インピーダンスの意味について考えたい。

LC直列共振

基本的なところではあるが,LC直列共振回路を考える。ある周波数f (角周波数 \omega=2{\pi}f))のときのインダクタンスLおよびキャパシタンスCインピーダンスZ_L, Z_C
    \displaystyle Z_L=j{\omega}L
   \displaystyle  Z_C=-\frac{j}{{\omega}C}
となる。ここで
   \displaystyle \omega=\frac{1}{\sqrt{LC}}
のときにLC共振が起こり,インピーダンスの虚部が打ち消しあい,直列のインピーダンスはゼロとなる。
   \displaystyle Z_L+Z_C=j\sqrt{\frac{L}{C}}-j\sqrt{\frac{L}{C}}=0
ここまでは比較的一般的な事だと思われる。

LC共振時の電圧および電流

 以下のように,LC共振系の共振周波数である大きさの電流が流れていることを考える。
  
     図 LC共振系と各素子の電圧
共振時にはLC直列インピーダンスがゼロであるが,LもしくはCの素子単独ではインピーダンスを持っているので,素子の端子間には電圧が発生する。共振状態で電流Iが流れた場合L,Cにかかる電圧V_L, V_Cはそれぞれ
   \displaystyle V_L=j{\omega}LI=j\sqrt{\frac{L}{C}}I
   \displaystyle V_C=-j\frac{1}{{\omega}C}I=-j\sqrt{\frac{L}{C}}I
という電圧が発生している。これの意味するところは,ある共振系がありそこに共振周波数で電流が流れているときに,\sqrt{L/C}倍の電圧がインダクタンス成分・キャパシタンス成分に発生するということである。言い換えると,共振状態のLC共振系での電流とLC素子電圧の絶対値の比が\sqrt{L/C}となることを意味している。電流と電圧の比なので次元はΩとなり,特性インピーダンスと呼ばれる。
   \displaystyle Z_{LC}=\sqrt{\frac{L}{C}}
この式は伝送線路の特性インピーダンスのときと表記が同じことが非常に興味深いが,意味するところは全く違うと私は思っている。伝送線路理論での特性インピーダンスは,同じLCという表記でも単位長さ当たりのLCであり,意味も一方向に進む波としての電圧と電流の比である。一方,LC共振での特性インピーダンスは,共振しているときの電流とLC素子にかかる電圧の比である。

準TEM波(QTEM)近似

 TEM波は均一な媒質上でしか成立しない(同軸線やストリップラインなど)。しかしマイクロストリップライン(Micro Strip Line : 以降MSL)やコプレーナ線路などは,誘電体部分と空気の部分が混在するため,TEM波近似は成立しない。よって電磁界分布は3次元のMaxwell方程式を厳密に解く必要がある。
  
          図1 MSL
しかし、Maxwell方程式を厳密に特には、かなりの労力を要する。そこでMSLなどの線路は直流を流すことができることに着目する。直流場では誘電体の影響を受けた電界Eの分布と、誘電体の影響を受けない磁界分布が得られる。この分布は線路の奥行き方向に一様なTEM波に近い分布となる。かける電圧を交流にした場合でもこのE、H分布が保たれるとすれば、TEM波と同じ要領で、伝送線路の特性を計算することができる。この近似を準TEM近似(Quasi TEM近似、QTEM近似)という。また、この近似が適用可能なMSLのような線路はQTEM線路と呼ばれる場合がある。
  
          図2 MSLの直流時電界分布
  
          図3 MSLの直流時磁界分布

具体的な特性算出方法
参考文献:Zorica Pantic, Quasi-TEM Analysis of Microwave Transimission Lines by Finite Element Method, IEEE Trans. Microwave Theory and techniques. MTT-34, No.11, Nov. 1986
 QTEM近似での具体的な特性算出方法を記す。まず誘電体の影響を受けないと仮定した磁界分布に関係する単位長さあたりのLを求める。全媒質を真空(≒空気)として、特性を求める。この場合、完全なTEM波近似が成り立つ。このときの容量、インダクタンス、特性インピーダンス、光速をC0、L0、Z0、v0として、光速v0は
  
となる。単位長さあたりの静電容量C0は、ラプラス方程式
  
を以前導出した手順を用いて解いて、得られたφVの分布から導体表面で表面積分を取ることにより求めることが可能である。C0が求まれば、L0は
  
で求めることが可能である。また、特性インピーダンスZ0は下記となる。
  
ただしZwは波動インピーダンスであり、以下の式で表される。
  
 次に誘電体が一部の領域に存在した時の単位長さあたりのCを求める。そのためには媒質の物性分布を考慮したラプラス方程式を解けば良い。すなわち信号線側に1V、GND側の導体を0Vとして
  
を解いてポテンシャル分布φVを求めて、導体に蓄積される電荷量を導体表面で電束密度Dを積分して求めてれば、静電容量の関係式
  
よりCが求まる。
 電磁波の伝搬速度(光速)を求める。無損失の分布定数回路理論によると、LとCから求めることができる。
  
誘電体がない場合の光速と比較して
  
となる。これから実効比誘電率が定義できる。QTEM線路の場合、媒質の一部が誘電体であるが、全領域が一様な誘電体の場合のときと同じ光速となる誘電率を実効比誘電率という。実効比誘電率εeffは以下のように表せる。
  
また、特性インピーダンスZcは
  
となる。QTEM近似では、直流の分布量から分布定数を計算し、分布定数回路理論で特性を計算する近似であると言える。
 なお、文献ではこの後誘電正接による損失や導体の損失を"perturbational"な方法(損失を考慮しないでEとHの分布を求め、後処理として分布良から計算するという意味だと思う)で求めることが記載されているが、これは表面インピーダンスの定義などが必要なので、また別途記載したい。

TEM波の伝搬速度(光速)と媒質の損失について

 電磁波が伝搬する媒質が無損失(つまり実部のみ持つ)で透磁率μおよび誘電率εが一定の場合、電磁波の速度(光速)は
  
となることは、様々な電磁気学の教科書にも記載されている。また、この場合、周波数に関わらず光速は一定である。しかし伝搬する媒質が真空ではない場合は一般に電磁波の伝搬時に損失が生じる(εに誘電正接、つまり虚部を持つ)。この場合に光速がどうなるかをTEM波を用いて検討する。
 ある周波数空間上でのz方向に進行するTEM波の電界に関する方程式は、媒質の誘電率の静電正接誘電率の虚部)を考慮した場合以下の式となる。
  
ただし、透磁率μは実数であり、誘電率は以下の複素数で表されるものとした。
  
また、添字tは進行方向zに対して垂直なxy平面上の成分のみ持つベクトル量である。この方程式の一般解は
  
を満たす伝搬係数λを用いて
  
と表示できる。伝搬係数λを
  
と実部の減衰係数と虚部の位相定数(波数)に分解する。第1項の入射波だけに注目する。
  
この複素数を時間空間に直す。複素数近似ではすべての物理量にexp(jωt)がかかっているので、この成分を考慮して実部を取ることにより時間領域に直すことができる。x方向成分に着目して時間領域の式を記述する。
  
ここでEx0はx方向成分Exの振幅を表す。これは、減衰係数αの指数関数状に減衰しつつ+z方向に進む正弦波を表す。この波の進行速度は
  
である。位相定数βが決まれば、その周波数での光速が求まる。
 損失がある場合にβがどのようになるかを求めてみる。λに関する式を2つ立てて、条件をつけてとけば良い。
  
導体中の平面波について述べたときと同様の求め方をすると
  
  
となる。ただしここで誘電正接の関係式を用いた。
  
ここから電磁波の伝搬速度を算出すると以下となる。
  
損失がない場合は誘電正接tanδがゼロとなり、当初述べた通り
  
となることが分かる。損失がある場合は、位相定数βが損失のない場合よりも大きくなるため、光速は小さくなる。
 一般的な伝送線路で用いられる媒質にて、誘電体の損失が光速にどの程度影響を及ぼすのか見積もる。プリント基板などでよく使用されるFR-4(ガラスエポキシ基板)の場合、tanδはおよそ0.01程度である。これより
  
となり、1.0e-5倍程度光速が小さくなるに過ぎない。tanδが変化したときに、無損失時のβに対してβがどの程度変化するのかをグラフ化したものを示す。大きめの誘電損失のある材料でtanδを0.1としたときでも、βは0.1%程度しか変化しないことが分かる。よって通常の伝送線路材料では、tanδによってほとんど光速は変化しないとみなせる。
  
一般的には、複素誘電率は周波数に依存して変化するため、媒質を伝搬する光速は周波数に依存して小さくなることに注意が必要である。