同一固有ベクトルを持つ行列の交換則について
SパラメータとZパラメータの計算で用いた、下記の交換則を用いた。固有値・固有ベクトルの観点で交換則が成立することを示す。
・固有値のシフトと固有ベクトル
n×n行列Aはn個の固有値と固有ベクトルを持つ。任意のiに対して固有値の定義より下記となる。
ここで、対角成分にαだけ足した行列A+αIを考える。ただし、Iは単位行列である。A+αIとAの固有ベクトル の積は任意のiに対して以下となる。
これはA+αIは、Aと同じ固有ベクトルを持ち、対応する固有値はとなることを意味する(固有値がシフトする、と呼ばれたりする)。つまり、行列は単位行列の定数倍を足しても、固有ベクトルは変化しない。
・行列の定数倍と固有ベクトル
行列Aを定数倍したときの固有値、固有ベクトルを考える。定数倍した行列cAに行列Aの固有ベクトルの積を取る。
これは、元の行列Aの固有値・固有ベクトルに対して、定数倍した行列cAは固有値がc倍され、固有ベクトルは変化しないことを意味している。
・行列の対角化
行列Aのn個の固有ベクトルが1次独立である場合、Aは対角化可能である。以下にそれを示す。行列Pを、固有ベクトルを横に並べたものとして定義する。
行列AとPの積は
となる。ここでDは、固有値を対角成分に持つ対角行列である。
n個の固有ベクトルが1次独立ならば、Pは逆行列を持つことができるので
とすることにより対角化することができる。
・逆行列と固有値・固有ベクトル
行列Aが対角化可能であるとする。すると、行列Aは固有値ベクトルで構成される行列Pと固有値による対角行列を用いて、以下のように表示できる。
行列Aが正則であり、逆行列が存在するものとする。Aの逆行列を取ると以下となる。
これは、元の行列Aに対して、固有値のみ逆数となることを意味する。すなわち固有ベクトルは変化しない。
・同一の固有ベクトルを持つ行列の交換則
行列A、Bは同一の固有ベクトルを持つ行列とする。固有ベクトルで表した行列Pと固有値で表した対角行列でA、Bを表すと下記となる。
ここでは行列A、Bの固有ベクトルに対応する固有値により対角成分が構成される対角行列である。A、Bの行列積AB、BAを考える。
ここで、対角行列の積には交換則が成立するので、
となる。これより固有ベクトルが同一な行列A、Bの積はAB=BA、すなわち交換則が成立する。
・SパラメータとZパラメータの関係式で出てくる交換則について
さて、最初に提示した下記の交換則について考える。
行列A+αI、A-αIはAの固有値をシフトさせたものであるので、固有ベクトルはAと同一である。またA-αIの逆行列も固有ベクトルは変化しない。固有ベクトルが同一ならば交換即は成立するので,一つ目の交換則は成立する。二つ目の式も行列I+Aは固有値をシフトさせているだけなのでAと同じ固有ベクトルを有する。また、行列I-AはAを定数倍(-1倍)してから固有値をシフトさせているだけなので、Aと同じ固有ベクトルを有する。I-Aの逆行列を取っても固有ベクトルは変わらない。よって、I+AもI-Aの逆行列もAと同じ固有ベクトルを持つことにより、この積も交換則が成立する。