完全導体とは電気伝導率が無限大の導体を意味し、電磁界シミュレーションの境界条件としてよく使われる。境界条件として使用されるとき電気壁とか完全導体壁など呼ばれる。電磁界シミュレーションでは良導体の表面を表面インピーダンス境界条件として近似して解析される場合も多い。電磁波伝搬を解析するときに、銅などの良導体を完全導体壁とすべきか、表面インピーダンス近似した境界条件を使用すべきかが気になった。よって、完全導体壁と表面インピーダンス法をMaxwell方程式から導出して、その違いを検討したい。今回は、基本的なことであるがまず完全導体壁を導出し、その性質を調べたい。
異媒質間の電磁界
完全導体壁を議論する前に、2つの媒質の境界面での電磁界の振る舞いについて調べる。Maxwell方程式のうち、Faradayの法則とAmpereの法則はStokesの定理が適用できる。媒質界面を囲む微小な長方形型を考える。
図 境界面とStokesの定理
境界面に平行な長さΔlの辺と、境界面に垂直な長さΔtの辺を持つ長方形を考える。ここでΔlとΔtは十分に小さく、Δl≫Δtであるとする。この長方形にFaradayの法則を適用する。
Faradayの法則
ここで、Δl≫Δtおよび、ΔlとΔtは十分に小さいことから
となる。すなわち、異媒質境界面において電界の接線成分は等しい。Ampereの法則にも適用できて、同様に
となり、異媒質境界面において磁界の接線成分は等しいことが得られる。
図 境界面とGaussの定理
次に、異媒質を跨ぐ底面の面積がΔSで高さがΔtの円筒領域を考える。ただしΔSの平方根はΔtより十分大きいものとする。磁荷不在の法則にGaussの発散定理を適用する。
これより媒質境界面上での磁束密度Bの法線方向成分は連続となることが分かる。ただし、円筒側面の面積はΔSに対して十分小さいものとした。電荷に関するGaussの発散定理を適用すると
となるが、Δtが十分小さければ
となりBと同様媒質境界面上でのDの法線成分は連続となる。なお、境界面に垂直な円筒の高さΔtよりも小さなスケールの領域に電荷が集中している場合は、表面電荷ρs=ρΔtが定義されるため、この場合は連続とはならない。導体表面などが表面電荷を考慮する対象となる場合が多い。
完全導体壁条件
媒質2を完全導体とする。すなわち電気伝導率σ→∞とする。もし完全導体中に電界Eが存在すると、J = σEより無限大の電流密度で電流が流れてしまう。よって完全導体中ではE = 0となる。また、磁束密度Bが変動するとFaradayの法則よりEが発生してしまうのでB = constとなる。Bが常に一定という状況は考えられないので、B = 0となる。すなわち完全導体の中では電磁界はゼロとなる。
これを前提にして、媒質境界の電磁界を考える。まずはStokesの定理が適用できる法則について考える。Faradayの法則は媒質2でEがゼロなので、
となり、完全導体壁の面上における電界Eの接線成分はゼロとなる。次にAmpereの法則について考える。Stokesの定理を適用した式を再掲する。
完全導体は良導体の極限と考えることができるので、表皮効果により電流は導体表面に集中する。導体表面単位長さを通過する電流を表面電流密度と定義する。単位はA/mと磁界Hと同じものになる。
図 表面電流密度
すると、Ampereの法則は
となるが完全導体の中ではHはゼロなので、以下となる。
これをベクトル表示すると
となる。これは、導体の表面方向に磁界があった場合、その垂直方向に表面電流が流れていることを意味する。表面電流密度Jsが磁界Hと同じ単位となることが興味深い。
次に磁荷不在の法則を考える。完全導体中では磁束密度はゼロとなるので、
となり、Bの垂直方向成分はゼロとなる。
電荷に関するGaussの発散定理を考える。電束密度Dに関する式を再掲する。
完全導体中ではDはゼロとなる。導体表面には電荷が集中し表面電荷としてみなすことができるので、表面電荷密度をρsと定義すると
となる。よって、導体表面に垂直なDがあった場合、導体表面にその垂直成分と同じ量の表面電荷があることを意味する。
BとH、EとDの関係を考える。BとHは透磁率μで、EとDは誘電率εで関連付けられる。
空気などの通常の物質では、μ、εともにスカラー量となり、B、DはH、Eと同じ方向のベクトルとなる。これより、先程求めた完全導体表面での電磁界を整理すると、
となる。Eは完全導体表面に垂直な成分のみ持ち、その量はρsをεで割ったものである。またHは導体表面に平行な成分のみ持ち、その量はJsである。